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エビス・ランドリー

デンハム・ストリート、タウンズビル

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1916年当時の恵比寿ランドリーの経営者、磯部甚三郎の肖像写真

街で一番のランドリー(洗濯屋)

タウンズビルで長きにわたり営業していたもう一つの日系企業が「エビス・ランドリー」でした。

1909年から太平洋戦争が勃発した1941年まで、30年以上にわたり市内中心部にあり、店は街の風景の一部となっていました。

単一の家族によって経営されていた他のビジネスとは異なり、恵比寿ランドリーは所有者や場所が何度も変わり、デンハム・ストリートの店舗から角を曲がったフリンダーズ・ストリートの店舗へと移転していきました。

このランドリーの物語は、太平洋戦争の開戦とともに突然の終わりを迎えます。所有者が強制収容されたわずか3日後の1941年12月11日には、テナント募集の広告が出されました。

最後の経営者の一人であった和田孫蔵 (Magozo Wada) は、「敵性外国人」として強制収容されました。彼の公的な記録には、オーストラリアでの彼の物語の一部が記されています。1899年に到着して以来40年以上オーストラリアに住んでいた彼は、61歳で、1946年に日本へ送還されました。彼の物語は、太平洋戦争が地元の日系住民に与えた影響、そして彼らのオーストラリアでの生活がいかに根こそぎにされたかを強く思い起こさせるものです。

「時を歩く:日豪シンポジウムと歴史散歩」プロジェクトは、オーストラリア政府外務貿易省内に設置されている豪日交流基金 (Australia-Japan Foundation) の支援を受けています。また、日本オーストラリア学会 (Australian Studies Association of Japan) およびジェームズ・クック大学 (James Cook University) からの寛大なご支援なしには実現不可能でした。

このツアーおよびその基礎となる研究と画像は、福島大学の村上雄一教授 (Professor Yuichi Murakami) とジェームズ・クック大学のティアナ・キロラン博士 (Dr Tianna Killoran) が行った研究の成果です。

お問い合わせや詳細については、tianna.killoran@jcu.edu.au までご連絡ください。

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