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1918年、フリンダーズ・ストリートの休戦記念日パレードで行進する日系住民。

日本人倶楽部

タウンズビル、スタート・ストリートのホリス・ホプキンス・プレイス

コミュニティ・センタ ー

このホリス・ホプキンス・プレイスに立っているあなたは、タウンズビル日本人倶楽部があった場所にいます。この倶楽部は、少なくとも1903年から1907年まで活動していた、地域社会にとって極めて重要なコミュニティ・センターでした。当時、タウンズビル裁判所とホリス・ホプキンス商会(Hollis Hopkins & Co.)の建物に挟まれて位置していました。

倶楽部は、天皇誕生日などの豪華な祝賀会を含む社交イベントを主催した一方で、地元日系社会に不可欠な支援を提供するというもう一つの重要な役割も担っていました。具体的には、メンバーに対して以下のような必須のサービスを提供していました。

  • 手紙の代筆や銀行取引に関する援助

  • 日本にいる家族への送金支援

  • 労働契約の管理と郵便物の配達

  • 通訳サービスの提供

タウンズビルの日本人倶楽部は、孤立した存在ではありませんでした。それは北部オーストラリア全域にわたる日系人会の緊密なネットワークの一部であり、ケアンズ、ダーウィン、ブルームなどの倶楽部と強い繋がりを持っていました。これらの団体は、日系社会の個人と日本領事館、そしてオーストラリア政府との間の強力な架け橋として機能していました。

1903年、タウンズビル日本人倶楽部における日本海軍練習艦隊訪問時の様子。
練習艦隊遠航紀念帖編纂委員会 編. 『練習艦隊遠航紀念帖』, 共益商社, 明36.11, 10.11501/901769。

「時を歩く:日豪シンポジウムと歴史散歩」プロジェクトは、オーストラリア政府外務貿易省内に設置されている豪日交流基金 (Australia-Japan Foundation) の支援を受けています。また、日本オーストラリア学会 (Australian Studies Association of Japan) およびジェームズ・クック大学 (James Cook University) からの寛大なご支援なしには実現不可能でした。

このツアーおよびその基礎となる研究と画像は、福島大学の村上雄一教授 (Professor Yuichi Murakami) とジェームズ・クック大学のティアナ・キロラン博士 (Dr Tianna Killoran) が行った研究の成果です。

お問い合わせや詳細については、tianna.killoran@jcu.edu.au までご連絡ください。

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