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ロス・クリーク
タウンズビル、フリンダーズ・ストリートのボードウォーク

日本海軍練習艦隊の到着を祝し、1903年から1910年の間にロス・クリークで開催された祝賀会の様子。日本国旗が掲げられている。
祝賀と密航事件
ロス・クリーク(入り江)はタウンズビルの最初の港であり、外界との極めて重要な玄関口でした。貿易に加え、公的・非公式を問わず、多くの人々が到着する場所でもありました。
1923年、真珠採取用の小型船(ラガー船)2隻に日本人男性2名が隠れているのが発見され、このクリークは地元で大きな「センセーション(騒動)」の中心地となりました。ニューカレドニアでの困窮から逃れてきた彼らは、必死の思いでオーストラリアにたどり着くために船内に身を潜めていたのです。その後の逮捕と、近くの裁判所での裁判は、この水路が北部オーストラリアの他の水路と同様に、密入国や移民の代替ルートとなっていたことを示しています。
このクリークは、正式な歓迎の場としても機能しました。1900年代初頭に数回、タウンズビル市民は両国間の繋がりを祝うために、まさにこの岸辺に集まり、来訪する日本海軍の艦船を歓迎しました。

